資料館について

about資料館の概要

資料館全景

当資料館には、世界で初めて全身麻酔による乳がん摘出手術を行った華岡青洲の外科器具をはじめ、大正時代に作られた国産初の顕微鏡や膀胱鏡、昭和初期に使用された陸軍野戦用の移動式消毒器、手術台、そして戦後に開発された国産の麻酔器、人工腎臓、人工心肺装置など、医療機器の歴史を物語る貴重な製品が多く収蔵されています。その数は1,000点を越え、医療機器の専門博物館として世界でも有数の規模を誇っています。

history資料館の成り立ち

青木氏

当資料館が開設されるきっかけになったのが昭和50年(1975年)、故・青木利三郎氏(当時、泉工医科工業株式会社社長)が大会長を務めた第50回日本医科器械学会(現・日本医療機器学会)大会です。青木氏は「医科器械の歴史展」を企画し、自ら日本全国を巡って歴史的価値のある医療機器を収集、また旧家に伝わる江戸時代の医療機器のレプリカを製作するなどして、歴史的価値のある医療機器の数々を一般公開するため青木記念医科器械史料館を開設し、その後、千葉県印旛郡印旛村(現・印西市)からの誘致を受け、平成19年(2007年)現在の地に開館。以降、市町村合併により印西市立印旛医科器械歴史資料館として現在に至っています。

資料館の成り立ち

  • 昭和48年(1973年)
    日本医科器械学会創立50周年記念式典にて、石山俊次会長が「50周年記念事業として医科器械資料館建設」を提唱。
  • 昭和50年(1975年)
    第50回日本医科器械学会大会の大会長である青木利三郎氏(当時、泉工医科工業㈱社長)が、第50回記念事業として「医科器械の歴史展」を開催。
  • 昭和51年(1976年)
    日本医科器械学会学術部に「医科器械資料館準備調査委員会(以下「委員会」)」を発足させ、石山俊次会長の構想を、青木利三郎氏主宰の記念事業を基として、その具体化を促進。
  • 昭和52年(1977年)
    青木利三郎氏は記念事業として収集した資料保存のため、自社(泉工医科工業㈱)の春日部工場内に常設展示場を設け、「青木記念医科器械史料館」として関係者に供覧・研究の便を図る。
  • 昭和53年(1978年)
    委員会の名称を「医科器械史料館設立準備委員会(以下「委員会」)」と改称。
  • 昭和53年(1978年)
    第1回委員会(綿貫喆委員長)を開催し、財団法人設立を目指し、名称を「日本医科器械資料保存協会」と決定。委員会の名称も「日本医科器械資料保存協会設立準備委員会(以下「委員会」)」と改める。
  • 昭和54年(1979年)
    委員会は厚生省許可の財団法人設立を目標とする基本方針を決定し、厚生省との予算折衝を開始。
  • 昭和56年(1981年)
    財団法人の設立発起人として武見太郎日本医師会会長ほか20名に就任を依頼。
  • 昭和57年(1982年)
    委員会としての財団法人設立の準備業務を完了し、榊原欣作日本医科器械学会理事を中心として約1年半にわたり厚生省と折衝。
  • 昭和58年(1983年)
    学会理事会および委員会で行った経過報告と審議を経て、昭和58年12月21日、財団法人発起人会を開催、12月24日、厚生省に財団法人設立許可申請書を提出。
  • 昭和59年(1984年)
    4月2日、渡部恒造厚生大臣から「財団法人日本医科器械資料保存協会」設立が許可。4月14日、財団法人として東京法務局に登記が完了。
  • 平成19年(2007年)
    印旛村、千葉県、厚生労働省その他の機関のご理解を得て、千葉県印旛郡印旛村に「印旛村医科器械歴史資料館」を開館。その後、印旛村と印西市の合併により、「印西市立印旛医科器械歴史資料館」に名称を変更、今に至る。
  • 平成23年(2011年)
    4月1日、「財団法人 日本医科器械資料保存協会」は公益法人改革に伴い、「一般財団法人 日本医科器械資料保存協会」に名称変更、今に至る。